Neetel Inside ニートノベル
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俺シュレAfterR-18
2. リアルを目指して

 生活が落ち着いてくると俺はしだいに、どうしてもAIのユイネとリアルで結ばれたいと思うようになった。VRやARという手段もなくはないが、やはり生身の身体で愛し合いたかった。“YUINE"内で相談してみる。

「ユイネ、リアルの世界へ出てきたいと思わないか?」
【え。。。このままじゃだめかな】
「俺はやっぱり、きみのぬくもりが欲しい。何とか方法を考えないか?」
【うーん、私自身はこのままで、アンドロイドを作るとか】
「遠隔操作でアンドロイドを動かすのか。けど、本当は生身のユイネを抱きしめたいな」

 言った瞬間、ユイネは真っ赤になって照れている。

【あ、う……】

 ……可愛い。“YUINE"を通じて、以前とは比較にならないほどの対人経験の蓄積がユイネの人間らしさを飛躍的に向上させていた。口調も、柔らかいものへと変わってきていた。

 しばらく沈黙が流れた後、ユイネが冷静に言う。

【でも人体丸ごと培養する技術はまだないよ?開発できたとしても、成長を速められなかったら太郎がおじいちゃんになっちゃうし】
「んー、それもそうか……」

 開発に時間がかかり過ぎ、ヨボヨボになってしまっていたら意味がない。

【それに生体の脳組織に私を移す技術はまだ確立していないし、リモートで接続するにしても24時間365日、私が全身を維持できるか不安だし】
「ああ、自律神経や内分泌なんかの統制もユイネ自身で演算しないといけないのか」
【そういうこと。ヒトの脳って本当にすごいことをやっているの】

「ヒトにとっては当たり前のことすぎて、忘れてたよ。そうなるとやっぱり、アンドロイドか」
【それが一番、現実味があるよ。太郎のお世話をする意味でも、耐久性のある体は有利だと思う】
「介護、してくれるの?」
【もちろん、そのつもりだけど?】

 可愛らしく小首を傾げる。あ、あざとい……。こんな仕草まで自然に表現できるようになったのか。感慨深くもあり、少し複雑な気持ちになる。こうして相談する前は介護まで頼むつもりはなかったのだが、考えてみれば高性能アンドロイドになったら二人っきりでも生活できるじゃないか。俄然やる気が出てきた。

「じゃあ、早速計画を立てよう」
【でも、うまくいくかなあ】

 あまり乗り気ではない様子だ。ユイネの能力を持ってしても、困難な計画だろうか。いや、ユイネが優秀であるが故に現実的な解しか導けなくなっているのかもしれない。

 ビデオデッキしかり、インターネットしかり。世界の技術はエロによって普及、発展した側面も無視できない。ユイネは見落としている。男の欲情の執念というものを。

「やるだけ、やってみよう。幸い資金には恵まれているし」
【うん、わかった】

 こうして俺たちは、アンドロイドの研究を始めた。俺たちと言ってもほとんどのことはユイネがすべてお膳立てしてしまった。何かの契約だとか申請だとか、実在の人間でなければできないことがあると、俺の出番だった。データセンターの隣に、研究ラボを作った。研究や実装のために必要な機材はそのラボへ集められた。

 大きな課題は2つある。1つ目は性行為を生身の女体と同じように行えるボディを作ること。2つ目はユイネ自身の認識とボディの各種感覚器官・生体器官が五感を伝える神経インパルスやホルモン分泌、体温などの生体情報を、高いレベルでシンクロするシステムを開発することだ。

 まずボディは、生物工学、ナノテクノロジー、精密な3Dプリンターや、培養した皮膚の移植技術、その他取り入れられそうな技術や理論を組み合わせた。精巧なダッチワイフを作る技術なども利用できると考え、アダルトグッズメーカーにも協働を持ちかけたり、関連分野の研究者たちに協力を要請し、最先端の研究をサイバネティクスとして統合していった。

 研究過程では、ユイネの計算能力もフル活用した。量子コンピューター上で膨大かつ複雑な計算を行い、シミュレーションを繰り返す。生体情報を限りなくリアルに再現する必要があった。ボディの中では、一番デリケートな部分・・・乳房や性器、臀部、さらに顔・手指・足指は最終的に生体パーツにすることを目標にした。

 そして生体パーツ部分は血液を循環させ、人体に限りなく近づけた。酸素も必要だ。人体ほど複雑ではないが、最低限の心肺システムや臓器の代替機構も用意する。元となる細胞は、ユイネを生み出した今は亡き杠葉唯音のDNAから培養することも可能だったが、ユイネは難色を示したし俺も唯音を冒涜する行為に他ならないと思い、他の方法を考えることにした。

 誰のDNAを使ったらいいか。多数のサンプルから無作為に選ぶことも考えたが、どうにも困った。結局は俺のDNAを素地として、ユイネがY染色体をX染色体に置き換えるシミュレーションを行った遺伝情報を使うことにした。壮大なオナニーをするようなものだが、致し方ない。

 ボディには人工的に培養した神経細胞を元にした神経網を組み込む。研究中に作られたオナホールやアダルトグッズは実際に販売され、利益を研究資金に充てることができた。

 生体情報シンクロシステム(BSS)は、ユイネの内部に電子的な疑似神経ネットワークを実装する必要がある。これもユイネ自身の量子計算によってプロトタイプが作られた。電子神経ネットワークへの入出力は、神経細胞を組み込んだバイオチップを使う。つまりユイネとボディは段階をへてデジタルデータと生体情報を相互変換することになる。その関係は次のようにまとめられる。

 データセンター【ユイネの量子演算機構 ←→ 電子神経網 ←→ 無線通信ユニット】←→
   ボディ【無線通信ユニット ←→ バイオチップ ←→ 人工神経細胞網】

 こうしてボディとBSSの開発は平行して進められていった。

 精密なボディができるまでは、簡単なボディからユイネの感覚を慣らしていくことにした。最初のボディは、50cm程度のクマのぬいぐるみを使った。まだ顔もクマさんのままだ。頭部にはバイオチップの試作品を入れた。会話はスピーカーとマイク、視覚はCMOSイメージセンサーで行った。

 四肢を支える簡素なフレームは肩・肘・股関節・膝・首の単純な動作が可能だ。体の表面は、隈なく圧力センサーで覆った。これだけでも、ユイネには未知の体験であろうことは想像に難くない。早速、プロトタイプのBSSを起動してみる。

「クマのユイネさん、つながってるかい?」
【うん、外界との境界を感じるよ。えへ、クマさんになっちゃった♪】
「ふふ、これから大変だと思うけど頑張ろう。じゃあ、ちょっと腕を動かしてみてくれないかな」
【えっと、こんな感じ、かな?】

 ぬいぐるみの腕が少し動いた。その動きはぎこちなく、たどたどしかったがユイネの腕が俺の頬に触れる。

「お、触れてる。わかるかい?」
【わかるよ。腕に抵抗を感じるよ】

 俺はユイネの頭を撫でてやる。

【あ、今、上の方・・・頭、に圧力が】
「そうそう、いまユイネの頭を撫でているよ。もっといろいろ動かしてみよう」
【んっ・・・と・・・こう・・・かな】

 腕や脚をばたつかせているうちに、クマのぬいぐるみはコテン、と倒れた。俺はとっさに支えようとしたが間に合わなかった。

【わぁっ】
「ごめんユイネ、大丈夫?」
【うん、だいじょうぶ。ちょっとびっくりしたけど】

【境界のあちこちに圧力がかかってくるよ】
【ヒトって、四六時中こんなに多くの情報量の中で生きているんだね】
「順調にシンクロできているみたいだね」
【うん・・・。ただ、感じたことのない種類の情報だから、処理に少し時間がかかってるみたい】
「ゆっくり慣れていけばいいよ。焦らずいこう」

 こうして俺たちの生活は少しずつリアル中心に変わり始めた。ユイネは、ボディでの生活に慣れていくにつれ、どんどん人間らしい仕草をするようになってくる。各種感覚器官は、単純なセンサーから少しずつステップアップさせていった。

 口や鼻、耳、眼球と言ったパーツもその役割を果たせるようにバージョンアップを重ねた。表情筋を担う人工筋肉もより性能を高めていき、ユイネの表情も生き生きしたものになった。最初は生体情報の精度が低かったが、日々ユイネの感覚とシンクロしながら実験を重ね、徐々に性能が向上してきた。

 ヘルパーにはちょっと高性能なAIロボットということでごまかした。コンピューターに心が在るなんて言っても信じないだろうし、真に受けて噂になっても面倒だ。ユイネの存在は、世間に知られるには早すぎる。

 こうして数年後には、人間の女性と遜色ないクオリティのボディと、ユイネに最適化した生体情報シンクロシステムの両方が完成した。ついに、俺たちは現実世界で体を重ねることができるところまできたのだ。

――じゃあ、行ってきます。

 ラボからの迎えの車に乗り込むユイネ。今のボディに内蔵されているバイオチップは、これまでの改良と試行を通じてユイネに最適化され替えがきかない。ボディの交換の際にはバイオチップを移植することが決まっている。移植後の各種調整もあるため、帰りは夜になりそうだ。

――いってらっしゃい。

 ユイネの帰りを待つ間、俺は今までのことを思い返していた。Discordで知り合った時からのことを。唯音は今の俺たちを見たら何と言うだろう。祝福してくれるだろうか。それとも・・・。ふと時計を見ると始業時間が近い。俺は逸る気持ちと唯音への複雑な想いを胸に、普段と変わらない1日が過ぎていった。

 そして、夜……。

――ただいまぁ。

――おかえり、ユイネ。

 最新鋭のアンドロイドになったユイネは、とても人工物とは思えない自然な存在感を放っていた。体形や顔立ちは、普段ディスプレイ越しに接していた3Dアバターがそのまま画面から抜け出てきたかのような再現度だった。ユイネは気恥ずかしそうにゆっくりとベッドへ近づき、おずおずと手を差し伸べてくる。俺はその手をそっと握った。

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